1979 新年 アパレル産業の明日
1979 新年 アパレル産業の明日
総合力をいかに発揮するか (株)ジュネ 取締役社長 八野井 尚
信用情報 新年特別記念号 1979 (昭和54年1月1日発行)
1 将来性に富むアパレル産業
アパレル業界はこのところ量から質への転換が急激に進んでいます。
もともとファッション業界の歴史は浅く、ここ20数年の間に急成長してきた市場分野であるだけに、新規参入も比較的容易といわれ、活力に満ちた業界でありました。
しかしことしの課題の一つは、質への転換を完成できるかが、厳しく問われようとしております。
そこでは一言でいえば、企業としての、その総合力が発揮できるかどうかが、大きな岐路となるものと考えられます。
衣、食、住、といえば人類文明の初期から必需品として発展し、産業として最も古くから確立したものでした。
また将来とも永遠に、人類と衣類との結びつきは離れることがありません。
アパレルほど、はるかな未来まで保証されている業界はそう多くはないはずです。
アパレルをとくに婦人服を主としたファッション分野でみてみれば、それは実用品、必需品というだけにとどまらず、嗜好性、感覚性、趣味性を加えて、需要の新陳代謝を拡大していきます。
つい最近「不確実性時代」という言葉が流行しましたが、アパレルの将来には、非常に輝かしいものがあるにしても、いまは大変な混乱の時にある、ということも事実です。
時代的に社会環境の背景が不確実性のなかに閉ざされているというのに、ファッション商品は、ファッションというその商品の性格ゆえに、不確実性の典型でもあるのです。
産業としての繊維は、明治時代からわが国の発展の基礎となった、古い伝統を持ち、人材も雲のように輩出しました。
同じ分野に位置しながらアパレルについていえば、さきにも触れましたように、いわばここ20数年に急速に発展しただけに、消費動向への即応体制、流通チャンネルの整備、情報管理とその理由の再検討、生産機能の合理化、近代化、企業としての総合力の強化、国際化時代への対応、などの問題が少なくありません。
2 市場環境の整備
流行の転換をはかり、新しい市場環境をつくっていく、ということについて、ともかくも欧米では業界の一致した意思統一が、暗黙の了解として実行されているようです。
パリなどのファッションに対する伝統や、アパレルに関する基礎的な環境が整備されていることは確かですが、そこではファッション動向をリードするため、いかに消費者に訴えるかについて大きな努力が払われています。
世相や市民の感情、経済状況を把握し、そこのなかで、どのようなファッション.アピールを行って、需要の喚起をはかっていくべきか。
全ての情報機能や、世論への働きかけや広報活動、また商品の開発にいたるまで、計算つくされた手が打たれています。
いま東京は、パリやロンドン、ミラノ、ニューヨークと並ぶファッションの震源地と言われています。
しかし、ファッションをリードする、あるいは開発していく能力については、ほとんど見るべきものがありません。
こんご真の意味での東京発のファッションが生まれる努力を急ぐべきでしょう。
そこにこそ限りない需要の創造があります。
婦人服といっても、それは百貨店、専門店、量販店など、多くの流通経路を持っています。
百貨店の大部分、あるいは量販店向けのボリューム商品の供給については、それは備蓄力、生産力、販売力など、パワーのバランスにより、いちおうのメーカーの勢力分野が決定しています。
しかし一定のレベル以上の専門店向けを主とする婦人服ファッションについていえば、消費者の幅広い嗜好と、時々の流行に対応するため、多品種少量生産がそのバリューとなります。
ここでは単純に、生産力であるとか、資本力であるとかの、力の論理が必ずしも適用しない分野です。
ここで要求される、個性と感覚にどう対処していくか。
個々のキャラクターをどのように統合し調整し、企業という総合力にどうまとめあげていくか。
かってデイビジョン制とか、会社を小さく分けて独立させ経営していくのがこの業界の特長でした。
いま質への転換という状況のなかでは、こうした形態における管理のまずさが露呈されました。
いまではこれらに替わる経営のノウハウ確立が求められています。
3 国際競合化時代への対応
アパレル業界でも円高の問題をさけて通れません。
いまわが国の既製服は、世界の中で最も高いプライスになるとみられています。
発展途上国からの製品輸入は当然増大するはずです。
しかし実用品や単品群を主力とする発展途上国との競争は、量から質への転換を進めるわが国のアパレルにとって、大きな痛手ではありません。
むしろ欧米からの、グレードの高いもの、あるいは感覚度の高い製品輸入が急増すると思われます。
体型的に問題があるとして、ファッション品の輸入を困難視するむきもありますが、それは特にわが国向けを想定した開発商品で対応すればよく、すでに一部の流通資本がその導入を始めています。
いずれにせよ、わが国の消費力は、欧米の景気の動向にまで、大きな影響力をもつに至っております。
こうして、世界のトップレベルの商品と、国内の市場において、価格差もなくなった状態で、競争していかねばならない時代が始まりました。
これまで世界の有名ブランドは、手近な存在ではありませんでしたが、階級差のないわが国の消費者は、誰でもが、比較的国産商品と同じような価格において、国内の店でどこででも入手できるという事態になるわけです。
これらの有名ブランドと、わが国のファッションメーカーは、国の内外で激烈に競い合うことになります。
4 流通の主導権あらそい
経済の成長にブレーキがかかった時点で、従来不況を知らないとされてきたファッション業界を、一挙に不調にした元凶はオーバープロダクション、オーバースペースだったと言われます。
いま石油ショック以前からの市街地整備計画により、商業拠点は一部で拡大が続いていますが、ビル投資の主力は、かってのようなファッション売場ではなくなりました。
専門店チェーンも、新規開店よりも既存店の再開発を主眼としております。
当然、消費の拡大も急激なものではないという状況化では、シェアの獲り合いが生じ、メーカー小売店共に、企業力を懸けた生き残り競争が生じます。
ここでは適者生存という厳粛な事実のみが残ります。
こうした結果、小売店は商品のプライベートブランド化を通じて、メーカー機能を強化しようとし、逆にファッションメーカーは小売売場の自己拡張に乗り出したい気運がみえます。
一部メーカーではすでにフランチャイズチェーン形式による小売店系列化の成果をあげていますし、小売店側からみれば、商品の差別化を主張することで、納入業者の系列化を急ぐかに見えます。
また、先に触れました国際化というかたちでは、有名ブランドの導入のみにとどまらず、最近の百貨店にみられるように、世界の有名ブテイックを、そのままショップ.イン.ショップとして取り込んでいこうとしています。
このような動きは、量販店のファッション商品との積極的な取り組み姿勢も加えて、こんご新たな展開をみせていくことでしょう。
5 消費者像の再点検
過剰供給といわれながら、商品不足という現象もまた、この業界の特長の一つであります。
消費者の動向を汲みあげていくシステムの確立は、急を要するものです。
消費者のウエアリング感覚は、ともすればファッションメーカーのデイレクター、デザイナーや、小売店のバイヤーの意向より先行したものがあります。
われわれが消費者をリードしたいのに、実は消費者にリードされている場合が、しばしば起こっています。
物ばなれ時代の消費者に適切に対応するには、情報ノウハウの確立と、近代企業としての組織力の充実が必要でしょう。
私どもジュネとしましても、各セクションに、それぞれのプロフェッショナルを配し、ファッションを産業としてのシステム化と取組み、管理体制や経営技術までも含めた総合力を、発揮させていきたいと考え、それがこんごのファッション企業としての使命であろうと信じています。
ファッション商品が、単なる作品ではなくて、商品化された製品として、重工業の産業システムにも負けないノウハウを持ち、しかも消費者の心に幸福感を与えるような、繊細でデリカシーなものつくりを進めることが必要だと考えております。
=八野井社長を悼む=
本稿執筆後、(昭和53年11月28日) 突然八野井尚社長は急病のため他界され、文字通りこの原稿が絶筆となった。デリカシーと先見。そして男らしさを兼ね備えたアパレル界のリーダーを失ったことは痛恨の極みである。ここに謹んで哀悼の意を表し、あわせて生前の社長の切々の業界への提言の熟読をお願いする次第です。(編集部)
以上 信用情報 新年特別記念号 第3286号 昭和54年1月1日発行
発行所 株式会社 信用交換所東京本社
特集「これからの繊維産業」 P78〜80 より引用(全文掲載)
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